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終わらない夢の中で・3

 伝えるべきかどうか一瞬迷い、しかし気がつくと口が動いていた。
「なら、俺としましょう」
「え?」
 彼はキョトンとして、小さく首を傾げた。
 有沢は勇気を出して、向井の華奢な手をそっと握る。
 向井は突然手を取られ、困惑した様子で握られた手と有沢を交互に見やっていた。
 有沢は深く息を吸い込み、彼のこげ茶の瞳を真っ直ぐに見つめる。
「俺と、恋をしましょう」
 はっきりと言葉にして伝えると、向井がとても驚いた顔をした。
 常識で考えれば当然の反応だ。
 有沢と向井は、これまで親しく言葉を交わしたことはない。
 向井の主治医はあくまで片平で、有沢は勉強の一環として、彼の治療に関わっただけ。片平のサポート的な仕事しかしていなかった。
 ――もしかしたら、とても無神経なことを言っているのかもしれない。
 いくら『恋がしたい』と言われたからって、同性の患者に交際を申し込むなんて、自分でもどうかしてると思う。
 それでも、彼の最後の望みを叶えてやりたいと思ったのだ。
 けれど当の向井は、大きな目を限界まで見開き硬直している。
『お前は熱意はあるのに、それが結果に結びつかないな』
 有沢の脳裏に、以前指導医に言われた言葉が蘇った。
 あれはいつだったか……。
 確か、まだ入局して間もない頃だ。
 有沢あてに患者の家族からクレームがきた。
 ある高齢の患者が、肺炎を起こして入院してきた時だ。経過は順調で、二週間もすれば退院できる状態だったのだが、有沢は退院を延期したのだ。理由は、リハビリをさせたかったから。
 しかし家族にいくら説明しても納得してもらえず、それどころか、退院を延期させているのは入院費を搾り取りたいからだとまで言われてしまった。
 結局、リハビリの途中で患者は退院することになった。
 良かれと思ってしたことを否定され、有沢は落ち込んだ。
 そんな時だ。うな垂れる有沢に、片平が声をかけてきたのは。
「お前は本当に熱意はあるのに、それが結果に結びつかないな」
 真実を言い当てられて、俯くしかなかった。
 しかし片平の言葉には続きがあった。
「一生懸命やっても報われない。そんな時もあるさ。でも百回に一回くらいは、努力が実を結ぶときがある。その一%を見るために、俺は医者を続けてるのかもしれないな」
「……じゃあ、残りの九十九回の努力は、無駄になるってことですか?」
 気分が沈んでいたので、揚げ足を取るようなことを言ってしまった。我ながら可愛げのない言い草だったと思う。
 しかし片平は気分を害した様子もなく豪快に笑うと、有沢の背中を音がするほど叩いてきた。
「残りは『勉強』だと思え。一回に繋げるための勉強。その方が結果を出したときに喜びが増す」
 ――たった一回のために、九十九回もの努力を重ねる。
 だから恐れずに正しいと思ったことをしろ、と言いたかったのだろう。
 あの時から、有沢も一%のために積極的に仕事に取り組んでいる。指導医である片平に見守られながら、患者のために様々な視点を持つようにし、行動を起こすようにしていた。
 でも、やはり一%までの道のりは長く険しい。大抵は空回りして終わる。
 ――今回もまた失敗か……。
 馬鹿にするなと怒鳴られるかもしれない。同情なんかしなくていいと言われるのかも……。
 いずれにしろ、自分は間違ったのだ。
 有沢は自分の浅はかな考えに落ち込み、繋いだ手を離そうとした。
 すると向井に離れかけた手を逆に握り返される。
「はい。よろしくお願いします」
 一瞬、何を言われたのかわからなかった。
 かなり突拍子もない提案をしたと思うのに、なぜか向井は笑顔だった。
 今度は有沢のほうが激しく困惑してしまった。しかし向井が手を握ったまま嬉しそうに微笑んでいるので、理由を問うことも申し出を取り下げることも出来なくなる。
「……こちらこそ、よろしくお願いします」
 戸惑いながらも有沢は深々と頭を下げた。
 顔を上げて改めて見つめ合うと、なんだか妙に照れ臭くて、ごまかすように二人で笑っい合った。
 ――とても奇妙な恋の始まり。
 でも彼が笑ってくれたので、きっかけなどどうでも良くなる。医師にとって、患者の笑顔を見ることは何よりも嬉しいことだから。
 ふと窓の外を見ると、新しい恋人たちを祝福するかのように、桜が満開に咲き誇っていた。



           ――――続――――


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2014年10月26日(Sun) | 終わらない夢の中で | TB(-) | CM(0)

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