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終わらない夢の中で・4


 美しい恋人が出来た。
 大変喜ばしいことなのだが、相手は同性でしかも患者。
 今まで男と付き合ったことのない有沢は、実際に付き合うといっても何をしたらいいのかわからず、頭を悩ませていた。
「とりあえず、メールしてみるか」
 勤務終了後の医局で、携帯電話を片手に独り言を呟くと、地獄耳の片平が過敏に反応した。
「なんだ、女か?」
「違います」
「いいや、絶対、女だろ」
 嘘はついていない。女じゃなくて、男なのだから。
 けれど、どんなに「違う」と言っても片平は納得しない。結局、根負けしてメール相手は向井だと白状した。
「向井? 向井って、患者の向井さんか?」
「ええ、そうです。昨日退院した向井健吾さんですよ」
 告知を受けて、向井は自宅療養を希望した。出来るだけ以前と同じ生活を続けたいとのことだった。
 そして昨日、向井は病院スタッフに見送られ、自宅アパートに帰っていった。
 まがりなりにも恋人が退院したのだから、お祝いでもしようと考えていたが、昨夜はあいにくの当直当番。今夜あたり埋め合わせをしないと、と思い携帯を取り出した矢先に片平に見つかってしまったのだ。
「お前ら、いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」
「え、ええっと、退院する少し前です」
「……ふうん、そうか」
 片平は何か言おうとして、結局それ以上は追求せず、何事もなかったかのように医局を出て行った。
 詮索されずにすんでホッとしながら、『仕事、終わりました』と簡素なメールを打って送信する。鞄に荷物を詰めて、帰り仕度をしている間に返信が入った。
『お疲れさま。僕も今、帰宅途中です』
 内容を確認し、再び携帯を操作する。
『向井さんもお疲れさま。これから時間があるようなら、どこかで食事でもしませんか?』
 向井からは承諾のメールが返ってきた。
 待ち合わせの場所を決め、有沢は鞄を片手に急ぎ足で病院を後にする。
 夕方の帰宅ラッシュにかぶる時間だったため、指定した駅前も人でごった返していた。
「お待たせしましたっ」
 向井は先に到着していた。
 人ごみをかきわけて駆け寄ると、彼は病院では目にしたことのないスーツ姿だった。
「大丈夫です。そんなに待ってないから」
「よかった。じゃあ行きますか」
 男同士で洒落たレストランに入る勇気はなく、近くの居酒屋目指して歩き出した。
 すると背後から含み笑いが聞こえて、有沢は怪訝に思い振り返る。向井が口元を手で覆って、笑いを堪えていた。
「どうかしましたか?」
「いえ、さっきのやり取りが……、恋人みたいだなと思って」
「『恋人みたい』って、あなたは俺の恋人なんでしょう」
 この不確かな関係を示唆する言葉にドキリとしながらも、そつのない言葉を口にする。
「そうなんだけど、『そんなに待ってない』ってセリフ、恋人同士の待ち合わせの定番でしょう? 実は一度、言ってみたかったんです。まさか叶うとは思ってなかったけど」
「確かにベタな会話だったかもしれませんね」
「でしょう? でも実際に自分が言うと、照れくさいってことがわかりました」
 向井はまた小さく笑った。そんなに笑うようなことでもないと思うのだが、彼が楽しそうにしているから良しとする。
 すぐに目的の居酒屋に到着し、待つことなく座敷に通された。有沢はビールを、向井はウーロン茶を注文し、飲み物を待つ間につまみを選んだ。
「とりあえず乾杯しておきましょうか」
 テーブルに運ばれてきたグラスビールを手に持ち、有沢がそう提案する。
 深い意味はなかったのに、向井は期待した顔でグラスを持ち上げた。
「『初デート』に乾杯します?」
「デ……っ」
 ここは普通に「仕事お疲れさま」でいいのでは、と思いつつも、向井がしたいならと、初デートに乾杯した。
「向井さんは図書館で働いてるんですよね」
 料理が運ばれてくるまでの間、メールを通して聞いていた仕事のことを話題にする。正直、男同士のデートでどんな会話をしたらいいのかわからなくて、当たり障りのない話を持ち出した。
「ええ、そうです。昔から本が好きだったので、その延長で本に携わる仕事を選んだんです。単純でしょう?」
「そんなことないですよ。好きなことを仕事にしてるんだから」
「じゃあ有沢先生は? どうしてお医者さんになったんですか」
「俺? 俺も似たようなもんですよ。親が医者だったってこともあるけど、単純に人が好きで、人を救う仕事をしたかったからです。向井さんと一緒で、自分の好きなことを仕事にしたんですよ」
 事実をそのまま口にしただけなのに、向井は面食らったような顔をした。そして数秒後に嬉しそうに微笑んだ。
「有沢先生は、素敵な考え方をされるんですね」
「は?」
「だって、普通は司書の仕事とお医者さんの仕事を同列に言わないですよ。医師になる方がはるかに難しいし……」
 仕事に優劣などないと有沢は考えている。どんなに腕の良い医者だろうが、なんとなく流されて医者になったような者よりも、誇りを持って仕事をしている者の方が素晴らしいと思う。職種に関わらず、だ。
 そう有沢が伝えると、彼は眩しいものを見るように目を細め、「よかった」と呟いた。
 ――あなたが恋人になってくれてよかった、と。
 その言葉に胸が不自然に脈打ち、何とも言えない温かい気持ちが広がった。
 過去に何人かの女性と付き合い、その中で同じような言葉を言われたこともある。けれど、それは有沢の内面を見てというより、有沢の持つ肩書きを指してのものが多かった。
 外側だけじゃなく、内面を見てくれる人。
 それが出来る彼こそ、心根が澄んだ人だと思った。
「先生?」
 黙りこんだ有沢を心配したのか、向井が不安そうに表情を曇らせて覗き込んでくる。
 綺麗なこげ茶の瞳に見つめられ、いっそう胸の鼓動が早くなる。
「き、気にしないで下さい。料理、冷めちゃいますよ、食べましょう」
 赤くなった顔をアルコールのせいにしてしまおうと、半分ほど残っていたビールを一気に飲み干した。
 ――まさか、な。
 目の前でだし巻きたまごを頬張る『恋人』を見つめる。
 とても綺麗な『恋人』。
 でも『恋人のふり』をしているだけのつもりだった。
 確かに綺麗な顔をしていて身体つきも華奢だが、彼はれっきとした男性なのだ。
 ――気のせい……だよな?
 きっと疲れているところにアルコールを飲んだからだ。酔って正常な判断が出来なくなっているに違いない。
「あ、これおいしい。先生も食べてみてください」
 つまみを口に運んでにっこり笑う向井。
「……いただきます」
 差し出された皿に箸を伸ばした時も、まだ胸の動悸は治まっていなかった。


          ――――続――――


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2014年10月26日(Sun) | 終わらない夢の中で | TB(-) | CM(0)

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