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終わらない夢の中で・5



「最近、機嫌がいいな」
「そうですか?」
 有沢が病棟での急変対応を終えて医局に戻ると、今夜の当直である片平がカップ麺を啜っていた。二十二インチのテレビに映し出されているのは、夜のニュース番組だ。
「『そうですか』って……。ごまかしてるのか? それとも本気で気付いてないのか?」
「俺はいつも通りですよ」
 医局には片平と有沢しかいない。
 日勤帯の終わり間近で担当患者が急変したため、有沢だけがこの時間まで残って仕事をしていたのだ。ちなみに当直の片平はその時、救急車で運ばれてきた別の患者の診療にあたっていた。
 窓の外はすでに真っ暗で、他の医師は皆帰宅している。
「なんか良いことでもあったのか」
 片平は話し相手が欲しいのか、はたまたただ暇なだけか、座っていたイスのキャスターを転がして有沢のデスクまで移動してきた。
「女が出来たのか」
「違いますよ」
 いつぞやと同じ会話が繰り返される。片平は口を開けば女の話ばかりする。
 以前までなら少し煩わしいと感じていたのに、今は誰かに話したい気分だった。
 日頃の気安さから、気がつくと口に出していた。
「向井さんです。仲良くなって、最近よく二人で遊んでるんですよ」
 すると途端に片平が渋い顔をした。
 なぜだろうと考えて、特定の患者と親しくなったことが問題なのかもしれないと思い至る。
「なんて言うか、話してみたら気があって……。患者さんというより、友人として付き合ってるんです」
 慌てて言葉を足したのだが、片平はますます険しい表情になる。胸の前で腕を組み、何事か考えはじめた。
「……お前、ちゃんとわかってるんだろうな」
 たっぷり時間をおいた後、真面目な顔で言われた。
「『わかってるんだろうな』って、何がですか?」
「だから、向井さんが患者だってことだ」
 やはりそこが引っかかってるのか。
「わかってますよ。向井さんとは親しくしてますが、他の患者さんをないがしろにはしていません。仕事とプライベートは切り離して考えてます」
 きっぱりと断言したのだが、片平はなぜか頭を横に振ってため息を零した。
「だから、違うんだよ。そういう意味じゃなくて……」
 そこまで言いかけた時、片平の院内用のピッチが鳴り出した。
 聞き耳を立てていると、どうやら病棟からのようで、状態が悪化した患者の診察を依頼されているようだった。
 まだ話は終わっていなかったが、片平が病棟に行くと言うので、共に医局を出る。
 エレベーターに乗り込む片平を見送っていると、硬い表情で念を押すように繰り返し言われた。
「有沢、向井さんは患者なんだぞ。もう一度、その意味をよく考えろ」
「はあ」
 少々しつこいと感じ、気のない返事をする。片平は「わかってないな」と呆れたように呟いてエレベーターの扉を閉めた。
「言われなくてもわかってるさ」
 誰もいなくなったロビーで一人ごちていると、上着にしまった携帯電話が鳴った。一件メールが入っており、差出人は向井だった。
 名前が表示された画面を見ただけで心が弾み、有沢は素早くメールを開く。
『これから僕の家に来ませんか?』
 たったこれだけの短いメールだったが、有沢は何度も文面に視線を走らせる。
「初めてのおうちデート……」
 口に出すと無意識ににやけてしまい、慌てて周囲を見渡す。悪いことをしているわけではないが、人に見られたらバツが悪い。
 誰もいなかったことに安堵しつつ、携帯を見るたびに顔が笑ってしまう。
 有沢は歩調を速めて病院を後にし、教えてもらったばかりの住所に向かって歩き始めた。

 病院から電車で五駅、そこから徒歩十分。そう遠くない距離が、もどかしく感じられる。
 急ぎ足でアパートにたどり着くと、深呼吸してインターフォンを押す。待ちかねていたかのように、ドアはすぐに内側から開いた。
「おかえり。早かったね」
「メールもらった時、ちょうど帰るところだったんだ」
 まるで新婚のような会話に、またも顔がにやけてしまう。
 すすめられるまま玄関を上がり、リビングに通される。ソファーに座るとすぐにコーヒーが出てきた。
「夕飯はもう食べた?」
「いや、まだ」
「僕もこれからなんだ。口に合わないかもしれないけど、夕飯作ったから一緒に食べない?」
 これぞおうちデートの醍醐味。
 恋人の手料理に舌鼓を打っていると、向井が思い出したように立ち上がった。
「あ、忘れるところだった。先生が前に観たいって言ってた映画のDVD、借りてきたんだ」
 いつぞやの他愛ない話を覚えてくれていたことに感動する。
 ほとんど食べ終わっていた食器を片付けると、二人並んでソファーに座り映画に集中した。
 しかし有沢は始まってすぐに、仕事の疲れからかウトウトしてしまう。襲ってくる睡魔と格闘したが、結果は惨敗だった。
 向井に身体を揺すられて飛び起きた時には、すでにエンドローグに差し掛かっていた。
「うわ、ごめん」
 せっかく借りてきてくれたのに、申しわけなくて有沢が謝ると、向井は笑って許してくれた。
「毎日仕事で疲れてるんでしょう。気にしないで」
 怒るどころか、反対に身体の心配までされて、向井の優しさに胸が熱くなる。
「あとであらすじ教えて」
 映画を見直すよりも、彼と話がしたくてそう言うと、向井は困ったように笑った。
「……実は僕も途中で寝ちゃったんだ」
 二人して顔を見合わせて笑い合う。
 彼と過ごすこういう時間がとても好きだと思った。



          ――――続――――


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2014年10月26日(Sun) | 終わらない夢の中で | TB(-) | CM(0)

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