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終わらない夢の中で・7

 向井は病気だったこともあり、また連れて行ってくれる人もいなかったので、あまり遊びに出掛けたことがないという。
 だからいっぱい行ってみたいところがあるのだと言い、有沢がどこへでも連れて行くと告げると目を輝かせた。
 そして、本日の彼からのリクエストは水族館。
「一度、水族館に行ってみたかったんだ。大きな水槽で色んな魚が泳いでるんでしょう? イルカのショーも見てみたいんだ」
「イルカか。じゃあ、今日は水族館に行こうか」
「今から?」
「まだ昼前だろ。大丈夫」
 驚きつつも嬉しそうな向井と共に、水族館に行った。
 彼はまるで子供のようにはしゃいでいて、広い館内を隅から隅まで歩いて回る。
 放送でショータイムのお知らせが流れると、急いでプールに向かった。ダイナミックに泳ぐイルカに、向井の目は釘付けになっている。心の底から楽しんでいることがわかり、有沢も嬉しくなった。
 だが、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。気が付くと五時を回っていた。
「さて、そろそろ帰ろうか」
 イルカも見たし、館内の水槽も制覇した。帰る前に土産物売り場へ立ち寄り、土産を物色していると、ふと隣に向井の姿がないことに気付いた。
 どこに行ったのだろうと周囲を見回すと、彼はぬいぐるみの置かれたコーナーの前で難しい顔で立ちつくしている。
「真剣な顔でなにを見てるんだ?」
 向井の視線の先にあったのは、イルカのぬいぐるみ。
 どうやらとてもイルカが気に入ったらしい。
「買うの?」
 ぬいぐるみを前にして悩んだ顔をしているので、どれを買おうか迷っているのかと思ったが、向井は首を左右に振った。
「いや、買わない」
「どうして? 欲しいんだろ」
「……三十路過ぎた男が、ぬいぐるみ買ったらおかしいだろ」
 それ以前に、ぬいぐるみコーナーに長時間居座っている時点でアウトだと思うのだが、彼が真面目に言っているのがわかったので、あえて指摘しないでおく。
 結局、向井は名残惜しそうにぬいぐるみから離れると、職場に持っていくクッキーだけ買った。
 帰る前にトイレに寄ると言うので、有沢は一人になった隙を見計らって、手の平に乗るくらいの小さなイルカのぬいぐるみをこっそり購入した。
「お待たせ。……どうして笑ってるんだ?」
 渡した時の喜ぶ顔を想像して、口元が綻んでしまう。
「いや、別に。帰ろう」
 悟られぬよう慌てて取り繕い、駅へ向かう。
 電車に揺られている間も、駅からアパートまで歩いている最中も、いつプレゼントを渡そうかと考えていた。どんなタイミングが一番喜んでもらえるか、脳内でシュミレーションしているうちに、アパートに着く。
 向井に続いて部屋に上がり込み、コーヒーを淹れに彼がキッチンに消えたところで、素早く袋からぬいぐるみを取り出した。
 ――その時だ。
 キッチンから食器が割れる音が聞こえてきたのだ。
 嫌な予感がして、有沢は急いでキッチンに向かう。そうして床に蹲っている向井を見つけ、血の気が引いた。
「健吾さんっ」
 辺りにはマグカップの欠片が飛び散っていたが、かまっている余裕はなかった。背中を丸めて座り込んでいる向井に、大股で近寄る。
「どうしたんだっ」
「大丈夫、ちょっと疲れただけだから……」
「本当に?」
「うん、年甲斐もなくはしゃいだから、疲れたみたい」
 心配をかけまいとしてか、向井は顔を上げて笑顔を見せる。その顔はいつも以上に青白く、無意識に胸元に当てている手も気にかかる。
「もしかして、心臓が?」
「……いつものことだから」
「『いつも』?」
 向井が一瞬だけ、しまった、という顔をした。
「まさか、こういう発作がたびたびあるのか?」
 問いただす口調が強くなる。
 向井は「失敗したなあ」と困ったように笑った。その一言で、自分の懸念が当たっていたことを悟り、動揺した。
「とにかく、横になって休もう」
 動けない向井を抱き上げ、寝室に運ぶ。ベッドに横たえると手首をとって脈を確かめた。
 ――早い。
 頻脈だ。それにリズムも不整。
「病院に行こう」
 ここでは検査も治療も出来ない。
 とりあえず病院に連絡しておこうと立ち上がると、シャツの裾を引っ張られた。



        ――――続――――


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2014年10月26日(Sun) | 終わらない夢の中で | TB(-) | CM(0)

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