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終わらない夢の中で・9

「向井さんを助けたいんです」
 彼を助けようと決意し、あれから寝る時間を割いて、あらゆる医学書を読み漁った。しかし一週間経っても二週間経っても、時間ばかりがいたずらに過ぎていき、救う手立ては見つからない。
 手詰まりになった有沢は、指導医である片平に相談を持ちかけた。
「向井さんか……。あとどのくらいだ?」
「あと、三ヵ月です」
 言葉にするだけで胸が張り裂けそうになった。残された時間は短いのだと嫌でも思い出してしまう。
「そうか。あのな、有沢。もし救う方法があるのなら、余命宣告なんかしてない。手の打ちようがないから、本人にも伝えたんだ」
「でも、何かあるんじゃないでしょうか」
「お前の気持ちはわかるが、俺たちは医者で、神様じゃない。救えない命もあるんだ」
 そんなこと、嫌というほどわかっている。しかし感情がついていかないのだ。どうしても諦めきれない。
 有沢が返す言葉も見つからず唇を噛み締めて立ち尽くしていると、片平が嘆息した。
「だから言っただろう。俺たちには越えてはいけない一線っていうのがあるんだ」
 片平は諭すように告げると医局を出て行ってしまった。
 ――越えてはならない、一線。
 それは『医師』と『患者』の関係。
 医師は患者とは適度な距離を置かなければならない。患者に思い入れが強すぎると、感情に流されて冷静な判断が出来なくなるからだ。
 ――そう、今の自分のように。
 有沢は拳を握り締めると自分のデスクに座り、広げっぱなしだった医学書を捲る。
 ――医師として、失格なのかもしれない。
 しかし何と言われようと諦めるつもりはない。
 あと三ヵ月しかないのだ。こうしている間にも彼の命のタイムリミットは迫ってきている。
 有沢はその後も一人で治療法を探し続けた。
 焦っていたのだと思う。彼を失うかもしれないということが怖くてたまらなかった。
 彼を救う術を探すことしか頭になく、そのため向井の誘いを断ることも多くなっていた。
 急に会う回数も減り電話もしなくなったから、きっと向井は寂しい思いをしていただろう。けれど仕事が忙しいと言うとそれ以上、我がままを言うこともなかった。
 とはいえ、有沢は大学病院の勤務医で、向井以外の患者も受け持っている。他の患者を放っておくことも出来ないので、勤務終了後に医局に残り、時には泊り込みで治療法を探し続けた。
「おはようございます。その後お変わりないですか?」
 そんなある日、病棟で回診をしていると、担当患者の一人が有沢の顔を見て目を瞠った。
「先生、どうしたんだ?」
「なにがですか?」
「すごく顔色が悪いよ」
「……そうですか?」
 これで有沢の顔色の悪さを指摘してきたのは三人目だ。さすがにここ一週間ほど満足に寝ていないからだとは言えず、曖昧に笑ってごまかす。
「そういえば少し痩せたか? 上司にこき使われて疲れが溜まってるんじゃないか」
「はは、そんなことないですよ」
 寝ている時間などないのだ。
 けれどそうした無茶な生活をしているためか、有沢の顔からは覇気がなくなり、患者よりもやつれてきていた。
「昔から言うだろ、『医者の不養生』って。ちゃんと身体を休めないといかんよ。先生が倒れたら誰がオレたちの面倒みるんだ」
 その忠告は耳に痛かった。
「肝に銘じておきます。じゃあ、胸の音を聴かせてもらいますね」
 話を切り上げたくて診察に集中する。
「うん、不整脈も治まってるようだし、この調子なら二、三日中に退院できそうですね」
 お大事に、とお決まりのセリフを口にして逃げるように病室を後にした。
 何かに取り付かれたように毎晩、遅くまで残って調べ物をしている有沢を見て、他の医師や看護師たちも不審な目を向けてくる。自分を心配してのことだとわかっていても、「大丈夫か」と言われるたびに、正直わずらわしいと思ってしまう。
 調べても調べても、何も出てこない。この一ヶ月、唯一わかったことといえば、向井の病状がとても深刻だということと、ほとんど治る見込みがないということだけだ。
 午前中の回診を手早く終え、医局に戻ろうと病棟の廊下を歩いていると、ナースステーションでカルテを書いていた片平に呼び止められた。
「お前、ちゃんと休んでるのか?」
 寝不足で隈の出来た顔を見咎められて、片平に詰問口調で問いただされる。
「休んでますよ」
 鋭い視線に耐えられなくて、目を逸らしながら早口で答えると、片平が顎をしゃくってカンファレンスルームを示した。先に立って部屋に入られて、仕方なく後を追う。
「お前、最近おかしいぞ」
 イスに座ると単刀直入に片平が切り出した。
「おかしいって、何がですか?」
「顔色も悪いし、仕事にも集中しきれてないだろう」
「そんなことないです」
 片平の的を射た質問にもあくまで白を切り通す。
 やがてそんな有沢の態度に焦れたのか、片平がテーブルを思い切り叩いた。
「嘘をつくな!」
 あまりの剣幕に、有沢は言葉を失い呆然とする。



       ――――続――――


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2014年10月26日(Sun) | 終わらない夢の中で | TB(-) | CM(0)

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