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終わらない夢の中で・11


 ――彼を救える。
 朗報を胸に、久しぶりに向井のアパートを訪れた。
「正人……」
 連絡もなしに突然現れた有沢を見て、向井はなぜか安堵した顔をした。しかし早く話したくて仕方ない有沢は、それの小さなサインを見逃してしまった。
「連絡もしないで、いきなり来てごめん。聞いてほしい話があるんだ」
「話?」
 飲み物を用意しようとキッチンへ向かう彼の腕を取り引き止めると、ソファーに座らせる。触れた瞬間、わずかに彼がビクリと身体を震わせたが、さして気にとめなかった。
「……話って、なに?」
 有沢も隣に腰掛け、なぜか緊張した面持ちの向井を見つめながら、上機嫌で告げた。
「健吾さんの病気を治す方法が見つかったんだ」
「病気を……治す……?」
「そう、治るんだ。片平先生が論文を見つけてくれて……」
 有沢は興奮ぎみに水原のことを伝えた。
 てっきり彼も喜んでくれると思っていたのに、話し終えて向井の反応を待っていると、彼は視線を逸らし下を向いてしまう。
「健吾さん?」
「……僕が、いつそんなことを頼んだ?」
「え?」
 何を言われたのかすぐには理解できず呆けていると、向井は見たことのない硬い表情で睨みつけてきた。
「君の様子がおかしいことには気付いてた。電話をしても返事は上の空だし、メールの返信も遅い。たまに会っても、君はいつも何か考えていて、僕の話なんか聞いてくれなかった。でも、仕事が忙しいって言うから、寂しくても不安でも、我慢したんだ! 今日だって、別れ話をされるのかと思って、とても恐かった」
「別れるなんて、俺は考えたこともない」
 自分のとった行動を、向井がそんな風に捉えていたとは思ってもいなくて有沢は慌てて弁解する。
「俺だって健吾さんに会えなくて辛かったよ。でも、それもこれも、健吾さんのためを思って……」
「だから、僕がいつそんなことを頼んだっ?」
「いつって……」
 普段は穏やかな向井が激昂する姿を前に、困惑しつつも言葉を探す。
「確かに、口に出して言われたことはないけど、健吾さんだって、助かるのなら助かりたいと思ってるだろ?」
 向井はもどかしそうに髪を掻き混ぜると、有沢が一番聞きたくなかったことを口にした。
「僕は、小さい頃から病と闘ってきた。外で元気に走り回って遊ぶ同年代の子を見るたびに、どうして自分は病気なんだろうって考えていたよ。でも、長い時間をかけて僕はそういう運命なんだって、病を受け入れることができた。だけど、やっぱり闘病生活は辛くて苦しい。……だから、あと半年で死ぬってわかった時はホッとしたんだ。これでようやく、楽になれるんだって」
 有沢は息を呑んだ。
 今まで一度として語られることのなかった彼の胸の内。
 初めて打ち明けられたそれは、とても悲しい言葉だった。
「そんな話、聞きたくない」
 有沢は耳を塞ぎたくなった。
 ここを訪れたときの高揚感はすでに消し飛んでいる。変わりに今、有沢の胸にあるのは、怒りのような悲しみ。
 けれど彼は制止を聞かず、さらに先を続けた。
「でも、死ぬ前にやりたいことはたくさんあったんだ。残りの人生くらい、好きに生きようって決めた。……そして、正人と出会った。『恋をしよう』って言ってもらって、僕がどんなに嬉しかったかわかる? 君と恋人になって、たくさん話をして笑って、今まで出来なかったことをして、行きたい場所に行って……。この四ヵ月間が僕の人生で、一番幸福な時間だった」
「健吾さん……」
「でも君は突然、連絡を寄越さなくなった。僕は絶望したんだ。幸せなまま死ねると思っていたのに、最期はやっぱり一人きりなのかって」
 向井は言葉を切ると、悲しそうに微笑んだ。その瞳に、ちゃんと自分は映っているのだろうか。手を伸ばせば届く距離にいるはずなのに、彼の存在はひどく危うく不安定で、有沢は焦燥感にかられる。
 まるで幻想の世界で生きる人のようにあいまいな存在を、少しでも現実に引き止めたくて言葉を紡ぐ。
「……俺は、あなたに生きてほしい。この先も一緒にいたいんだ」
「僕にとっては生きることよりも、残りの時間を君と過ごすことの方が重要なんだ。だから君にも治療法を探すために時間を使ってほしくなかった。ただ僕の傍にいてほしかった」
 向井が綺麗な顔を歪ませ、澄んだ一粒の涙を零す。
 初めて見る涙。彼は一度も泣いたことはない。
 死を宣告された時も取り乱すこともなく、気丈に前を向いていた。
 そんな彼が今、静かに涙を流している。
「……ごめん」
 涙を止める術がわからず、有沢は何かに突き動かされるように向井を抱き締めた。



         ――――続――――


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2014年10月27日(Mon) | 終わらない夢の中で | TB(-) | CM(0)

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