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終わらない夢の中で・12


「俺は何もわかってなかった」
 彼の答えはくつがえらない。
 病に苦しんだ分、考える時間を人よりも長く与えられ、長い時をかけて出した最期の答え。
 ――彼の人生だ。彼の生き方を尊重したい。
 でも……。
 有沢は自嘲を禁じえない。いくら考えても、結局は同じ答えにたどり着いてしまう。
 ――どこまで、身勝手なのだろう。
「……ごめん、健吾さん。やっぱり無理だ。どうしても諦めきれない。好きなんだ。あなたがいなくなったら、俺はこの先どう生きたらいいのかわからなくなる」
「正人……」
 今まで、こんなに気持ちを込めて名前を呼ばれたことはない。切なくて上手く息が出来なくなる。
 有沢は出会った頃よりも薄くなった身体を、いっそう強く腕に抱く。
「もし健吾さんが少しでも俺のことを愛してくれているのなら、俺の我がままを許してほしい」
 腕の中で向井が息を詰め、全身を戦慄かせた。そして震える拳で有沢の胸を叩いてくる。
「そんなことを言われたら、僕は拒めないじゃないか……っ」
「うん。ずるいってわかってる。でも、俺の一生に一度の頼みをきいてほしい。俺のために手術を受けて。そして元気になって、ずっと傍にいてほしいんだ」
「それは……約束できない」
「どうして?」
 向井は問いかけに躊躇う素振りをみせた後、ようやく聞き取れるほどの声で続けた。
「……手術を受けても、助かるとは限らないから」
 言葉で人を殺すことが出来るんじゃないかと思うほど、向井の一言は胸を抉った。
「駄目だ、約束してくれ。元気になるって言ってほしいんだ」
 もう一度懇願すると、しばし間をあけて、向井が口を開いた。
「……正人、愛してる」
 ――どうして……。
 きっとこの世で一番、美しい言葉。その言葉を愛する人から送られているのに、少しも幸せじゃない。
「健吾さん、違う。そうじゃないんだ。今、言ってほしい言葉は……!」
「愛してる」
 向井が顔を上げ、唇を寄せる。触れ合うだけの優しい口づけに、熱い雫が頬を流れる。
「愛してる、正人……」
 彼はその後も有沢のほしい言葉をくれなかった。



 向井は「結果は約束できないけれど……」と言いながらも、手術を受けることを承諾してくれた。
「正人を愛してるから、手術は受けるよ」
 それが向井の本意ではないとわかってはいたが、彼を失いたくない有沢はあえてそのことを指摘しなかった。
 さっそく水原に連絡を取り、向井を連れて診察に向かった。
 水原の勤務先は、都心から電車を乗りついだ郊外にある中堅病院で、大学病院と比べて古めかしく規模も小さい。三階建ての建物を見上げて不安がよぎった。
 片平から水原の外科医としての腕は保障されているが、それは大学病院時代の話。設備も満足に整っていない病院で、以前と同じ水準の手術が行われているはずはなく、さすがの水原も腕が鈍っているのではないかと危惧してしまう。
 受付で用件を伝え、待合いの長イスに腰かけて待っていると、隣から視線を感じて顔を上げた。向井が「今日は先生の顔をしてる」と言って、懐かしそうに目を細めた。
「あの日以来だ。僕がカンファレンスルームで待ってたら、片平先生と一緒に正人が入ってきた。てっきり片平先生から話があると思ってたのに、話しはじめたのは正人だった」
『あの日』がいつだかは言われなくてもわかった。
 ――四ヵ月前の桜の日。
 彼に死を宣告した日だ。
「あの日、僕も緊張してたんだよ? でも、僕より正人の方が緊張してたから、その顔を見てたら肩の力が抜けたんだ」
「つまり、俺が緊張しまくってておかしかったってこと?」
「違うよ、正人が僕をなるべく傷つけないよう、一生懸命考えてくれている姿を見て、お医者さんも人間なんだなあって思ったんだ。ちゃんと一人の人間で、僕のことを考えてくれてるんだなって」
「当たり前だろ」
 間髪入れずに答えると、向井は少し照れくさそうに視線を伏せた。
「……僕がなんで君にあんなことを言ったかわかる?」
「あんなこと?」
「『恋がしたい』って、正人に言った理由」
 聞かれて改めて、なぜだろうと考えた。考えてみたけれど、深い意味はなかったように思う。
「俺が『何でも質問してくれ』って言ったからじゃないのか」
「はずれ」
 楽しそうに笑っている。そしてもったいぶったように間を置いて告げられた。
「……恋をするなら、正人としたいって思ったから。この先生なら、僕のために一生懸命、恋をしてくれるって思ったから、正人に言ったんだよ。誰でもよかったわけじゃない」
 最初で最後の恋。その相手に自分を選んでくれた理由をはじめて聞かされ、温かい感情が胸を満たした。
「そんなことを今言わないでくれ。今すぐキスしたくなる」
 ――好きだ。
 この人がどうしようもなく好きなのだ。
 有沢が口づけたい衝動を抑えていると、向井は身体を震わせて笑った。
「じゃあ、帰ったらいっぱいしよう。抱き締めて、キスしてほしい」
 目元に涙を滲ませながらフワリと綺麗な笑顔を向けられた。



          ――――続――――


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2014年10月27日(Mon) | 終わらない夢の中で | TB(-) | CM(0)

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