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「甘い恋」SS

「弘兄、明日なんだけど、出勤時間をずらしてもいいかな?」
夕方、バイト先であるパン屋・石森を訪れるなり、要二は厨房に声をかけた。斜めがけにした鞄を下ろしながらレジを抜け厨房に足を踏み入れる。
「あれ?」
いつも店主である従兄弟の弘毅は、このさほど広くはない厨房に一人こもって黙々とパンを焼いていた。最近は店が繁盛しているため、休憩もほとんどとらずにひたすら作業している。
ところが、今ここには誰の姿もない。客がいないとはいえ店もまだ開けているのに、いったいどこに行ったのだろう。
要二はとりあえず着替えようと、厨房の奥に設けられた更衣室へと向かった。
「うわっ」
要二がドアノブに手をかけたと同時に、ドアが内側へと大きく開く。ノブを掴んでいた要二もそれに引きずられ、体勢を崩してしまった。
「わぷっ」
前のめりに数歩たたらを踏むと顔が壁にボスンッとぶつかった。しかしぶつかったわりに痛みはなく、そもそもこんなところに壁などなかったはずだ。
「......弘兄?」
顔を上げると間近に弘毅の精悍な容貌があった。
「なんだ、ここにいたのか」
そう言いながら、もたれかかっていた弘毅の体から身を離す。
「オレも着替えたらすぐ行くから、早く店に戻って......」
その言葉が途中で途切れる。この店の従業員は弘毅と自分だけ。だから更衣室に他に人はいないと思ったのに、弘毅の後方で落ち着かない様子で視線をさ迷わせている悠に気づいた。
「平岡さんもいたんですね」
「あ、ああ、うん」
「二人でこんなところで何を?」
当然の疑問を投げかけると、悠が顔を微かに赤らめる。そしてあきらかに動揺した様子で視線を逸らし、なんと答えるか必死に考えているようだった。
「悠さんにはお前がいない時に、たまに手伝ってもらってるんだ」
困窮した悠を見かねてか、弘毅がかわりに質問に答えた。彼はどんな時も冷静だ。眉一つ動かさない。反対に悠はといえば、弘毅の言葉に頷いて同意するのが精一杯といった感じだ。
要二は悠を落ち着かせるため、ニコリと微笑んだ。
「そうだったんですか。平岡さんにはお世話になりっぱなしですね。色々と協力していただいて、ありがとうございます」
「いや、礼を言われるほど役に立ってないから」
要二は曖昧に笑う悠の横をすり抜けると、ロッカーを開け鞄を中にしまう。
「後はオレが引き継ぎますから、休んでてください」
取り出したエプロンをつけ、身支度を整えながらそう言うと、ようやく悠が肩の力を抜いたのが視界の端に映った。
「それじゃあ、後はよろしく」
「お疲れさまです」
悠は弘毅と連れ立って更衣室を後にした。
扉が閉まるのを確認し、要二は置いてある丸イスに腰をおろす。身支度は終わったのですぐにでも店に出られる。しかし要二はイスに座ったまま動こうとはしなかった。
――あれでバレてないと思ってるのかな。
彼らが付き合っていることにはとっくに気づいている。二人がそのことを言ってこないから気づかないフリを続けているが、そろそろ限界だ。いくらなんでもわかりやすすぎる。
特に悠に関しては要二に隠していることが後ろめたいのか、二人の関係を誤魔化すための小さな嘘をつくだひに、気の毒なほど申し訳なさそうな顔をする。それならいっそのこと言ってくれたらいいのに。しかし悠の性格を考えたらそれは容易なことではないのだろう。
「そろそろいいか」
要二はようやくイスから立ち上がった。これだけ待てば悠も落ち着きを取り戻し、弘毅も仕事に戻っているはずだ。
そっとドアを開けてみた。念のため厨房の様子を 窺うと、悠の姿はなく弘毅が一人で作業台の前に立っていた。
要二はドアを大きく開け、弘毅に歩み寄った。
「弘兄、明日のことなんだけど......」
背後に立ち声をかける。しかし弘毅は一点を見つめたままで、こちらに気づいていないようだった。
――何を見ているんだ?
彼の視線を辿っていくと、その先にいたのは悠だった。
悠はデザートパンが並んだ棚の前に立ち、真剣な表情でパンを吟味している。そしてようやくトングで一つパンを掴みトレイに載せたと思ったら、先程より険しい顔で再び棚を見つめ出した。要二も悠の動向を見守っていると、彼はそろそろとトングでパンを掴もうとし、けれど何も取らずに引っ込めて......という動作を繰り返した。どうやらもう一つ買おうかどうしようか迷っているようだ。
そういえば、少し前も同じようなことをしていた。理由は聞かなかったが、一時期悠はパンを食べなくなったのだ。もちろん弘毅もそれに気づき、とても心配していた。
その時の弘毅の様子を思い出し、要二は彼の硬質な横顔を見やる。
弘毅は棚の前で難しい顔をしている悠を鋭い眼差しで見つめていたが、悠が結局追加のパンを取らずにレジに向かって来たのを確かめた瞬間、フッと口元を綻ばせた。
要二はそのままレジに向かおうとした弘毅の肩を掴んで止める。
「オレがレジするから」
「なんだ、いたのか」
「いましたとも」
少々がっかりしている弘毅を残し、要二は自分の持ち場であるレジに向かった。
悠の買ったパンを袋に詰め彼に手渡す。平静を取り戻した悠は、いかにも仕事が出来るエリートサラリーマンといった雰囲気を漂わせていた。
「また来るよ」
紙袋を手にし微笑んだ悠に、要二も満面の笑みを返す。
「いつもありがとうございます。これからも、弘兄のことをよろしくお願いします」
要二がそう言うと、彼は驚いた表情をした後、顔を真っ赤にし、そしてすぐに真っ青になった。そのあまりの困惑具合になんだかかわいそうになって、「弘兄、あまり友達がいないから」と付け足した。
悠はホッとした表情で頷くと、逃げるように店を出ていった。
――二人にはこれからも仲良くしてほしい。
弘毅には幸せになってほしいのだ。これまで苦労をしてきたから。
厨房で黙々とパンを作っている弘毅をチラリと見やる。悠を見つめていた時のような柔らかさはもう消えていた。
――いつか言えたらいいな。
無愛想だけれど優しい従兄弟に。その彼を笑顔にしてくれた悠に。
ありきたりだけれど、末永くお幸せに、と伝えたい。
しかし彼らの口から真実を聞き、心から二人を祝福出来るその日まで、要二は知らぬフリを続けようと決めたのだった。



――――終――――











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2014年10月31日(Fri) | 裏話的な | TB(-) | CM(0)

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